| 明治12年某月 |
村上人士の東都に在る者十数名、九段坂上革源に会し、親睦を厚くし、郷里の人智を開発し、勉学を奨励せんがため、同郷人の会を創立する。 |
| 明治18年12月 |
神田三崎町に郷友会を創設し、後に九段へ移転。 |
| 明治20年 9月 |
村上郷友会の名称を改め、岩船郡郷友会とする。 |
| 明治26年 1月 |
上野桜雲台にて大懇親会を開き、会長に島田重禮氏を推挙する。 |
| 明治26年 4月 |
岩船郡郷友会誌第1号を発刊。 |
| 昭和 9年 5月 |
「郷里の音ずれ」第1号を発刊。 |
| 昭和19年 1月 |
創立以来、内藤信任侯、信利侯は名誉会長として当会を後援し、明治大正を経て昭和17年まで毎年会合していたが、第2次世界大戦末期から戦後にかけて会合を休会し、「郷里の音ずれ」は第30号を以って休刊となる。 |
| 昭和21年 5月 |
村上町と村上本町を合併し、村上町となる。 |
| 昭和28年10月 |
岩船郡郷友会を再開、加藤藤松氏を会長に選任する。 |
| 昭和29年 8月 |
村上町、岩船町、瀬波町、山辺里村、上海府村が合併して村上市となる。 |
| 昭和30年 4月 |
「郷里の音ずれ」第31号として復刊なる。 |
| 昭和33年 4月 |
船山富作氏を会長に選任する。 |
| 昭和39年 4月 |
岩船郡郷友会の規模を変更し、名称を村上市郷友会と改め、横山藤三郎氏を会長に選任する。 |
| 昭和47年 7月 |
顧問稲葉修先生文部大臣に就任。 |
| 昭和49年12月 |
顧問稲葉修先生法務大臣に就任。 |
| 昭和52年 3月 |
木村倉太郎氏を会長に選任する。 |
| 昭和53年 5月 |
会章を制定する。(デザイン、幹事 長谷部権次呂氏) |
| 昭和53年10月 |
創立100周年へ向けて会員名簿を作成する。 |
| 昭和54年 4月 |
創立100周年を迎え、半蔵門東條会館にて記念式典を行う。 |
| 昭和55年11月 |
創立100周年記念として、村上市出身者大和田愛羅氏作曲「汽車」の碑を村上駅前に建立、村上市へ寄贈し、村上市民会館にて記念式典を行う。 |
| 昭和59年11月 |
会旗を作成する。(揮毫 稲葉修先生) |
| 昭和61年 5月 |
幹事、若林久徳氏村上市長選挙に当選し第5代村上市長に就任する。 |
| 平成 元年 4月 |
創立110周年を記念して会歌を制定する。
作詞 会員 益子千代氏 作曲 会員 板垣 一也氏 |
| 平成 元年10月 |
創立110周年を記念して会員名簿を作成する。 |
| 平成10年 3月 |
創立120周年を迎え半蔵門東條会館にて記念式典を行う。
創立120周年記念として副会長長谷部権次呂氏の絵画を村上市に寄贈する。(村上市岩船字榎清水「村上市民ふれあいセンター」に展示) |
| 平成16年11月 |
東京村上市郷友会忘年会開催 スクワール麹町
会長木村倉太郎氏の逝去の報に接し、この時期幹事会等を再三開催し、今後の役員構成、会の振興策について話し合う。 |
| 平成17年 1月 |
幹事会開催 スクワール麹町 新役員構成案(内定)、事業推進方針確認 |
| 平成17年 5月 |
総会開催 赤見市郎氏会長に就任 新役員構成決定。 |
| 平成17年5月〜 |
以後会の発展・充実を図るため130周年記念祝賀会を平成20年5月開催と定め当面、その日を目標に次の計画を推進することに決定。
1 会員増強のため
a 三面川の鮎を食べる会(9月) 鮭を食べる会(12月)を毎年定期的に開催
b 村上で毎月発行している:月刊デジタル情報誌「村上広域情報誌2001(発行人 安沢孝雄氏)のリレー随筆コーナー鮭っ子物語の積極的活用(執筆者をリレー式に増やしていく)
c その他会員アイディアの結集・実行(創立130周年記念にあやかって記念式典には130人集めることなど) |
| 平成20年 4月 |
新村上市誕生(村上市 荒川町 神林村 朝日村 山北町が対等合併)
新市長に大滝平正氏当選 初代市長として就任。 |
| 平成20年 5月 |
東京村上市郷友会創立130周年記念祝賀会 スクワール麹町
記念品として村上市へ次の品物を寄贈。
「村上特産堆朱村上市章」(村上市役所玄関に掲示)
作者 塗師:漆芸 平山剛平氏 彫師:木彫工芸家 細野茂樹氏
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平成元年10月 創立110周年記念 会員名簿より (原文のまま)
以降年次毎に一部加筆 事実判明次第補正中。
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